こんにちは。1か月ぶりの更新になってしまいした…(^^;)
自己紹介をするときに所属があり過ぎて組織を後につけることにしている岩田耕併です。
さいたま市西区でジュニア烏天狗やったり、ジュニアユースes西大宮やったり、2種埼玉栄高校サッカー部やったり、3種県南部トレU13リーダーやったり、大会運営やったり、株式会社ロベルトカルロスやったりと何でも屋です。
そんなこんなで長年色々な年代の指導に当たっている。
時代も大きく変化してきている中で価値も結果だけでなく経験だのと変わってきている。
そこで自分も最近動いているのが、チームの合宿はサッカーも大事なのだが家族で中々いけない、行かない場所に行くことが良いかと思っている。
岩田コーチ個人の行きたい場所なんだよ・・と裏で言われていますが笑
我が家も我が子にも行かせたいけど・・( ;∀;)
まあ、そこで言われるのが小学生など年代が小さい時に行く意味があるかないか。
これは中学校の修学旅行、高校も同じかもしれません。
まだお寺や神社、歴史に興味がなく遊ぶ方が楽しいし、興味はどちらかと言うとエンターテイメント側なのかと。
子どもの意見を聞くとそうだと思う。
興味も、もちろん無いよりあった方が意味はあると思う。
それなら、東照宮はどんなこと?とチャッピーに聞けばよい。
それでは形式知での知るはあるが暗黙知での知るはない。
何が言いたいかと
百聞は一見に如かずと言うこと
そんなの当たり前じゃん!と言われると思うがどこまでやらせてますか。
その一見の量は?
経験とは自分で感じたこと
感じる時間を意図的にでも作らないと何においても感性が発達するとは思えない。
なので、意味があるとかないとかではなく
色々なことに触れさせて、常に感性に響かせるような環境を作れるように考えている。
そういう意味では習い事もそう
意味のありそうな塾なのか?
それとも意味のなさそうなメガネスクールか?笑
何に触れたか
どんな人間と会ってきたか、過ごしてきたかがすべてな気がしている
意味は結果に付ければよい




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