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ルールなき世界

相変わらずになりました・・・(^^;)

先日あるコーチとお話ししていて私が思ったことです。
あるチームの選手がゴミをポイ捨てしたのが家の防犯カメラに写っていてチーム名も分かったのでチームに連絡が入ったようです。

チームとしてはありがたい話です。
色々な方に見守られて成長していくことは何よりです。

そこで思うことが、人に迷惑をかけるなと指導をします。
私もそう指導します。

子ども達はまだ生まれて小学生なら12年間しか生きていません。
高校生でも成人でも、むしろ大人と言われる人も世の中に迷惑をかけることはあります。

みんな色々な人に迷惑をかけて大人になっています。

その迷惑をかけることがどうなるかの本質を知る前にルールが入ってきてしまうことに一つ投じたい。

自転車のルールも変わった。
ルールを覚える方が大変である。

危ないからが一番なんだろうけど、本質が見え隠れしているように思う。
子ども達に「なんで?」があるだろうか

事の初めには「なんで?」があると思っている。
理由である。

その理由をすっ飛ばしてルールだからはいかがなものか。
今まで自分たちで「なんで?」と考えてきたらルールを設けられたらなんでだろうと自分で考えたかもしれない。

しかし、なんでの追究の前にルール、罰、怒られるが入ると考えることをやめる。

サッカーではチャレンジしろ!と言われているのに

世の中ではチャレンジすることがほとんどルールによって抑制される

公園の遊具も、自分たちでこれ以上は危ないのか?と考える手前に柵が用意されている。

万人が判断できる最低ラインを用意しているのとも思う。
これによって世の中は本当に治安も良くなり、色々と便利になっている。

時代の変化とともに我々大人も進化をしないとはとも思うが
サッカーは相手の嫌がることをすると得点チャンスが生まれる。

駆け引きと言う言葉もある。

なんだそりゃ?

線審が出来ない、ルールを知らない選手が多い。
どんな遊びもまずルールを確認しないと何を楽しむゲームなのかも分からないはず。

ルールを知り、その制限の中で目的を達成する。

この制限(ルール)を分からないとはそもそも本末転倒である。

サッカーをやるとは?

世の中のルールもまず自分たちで生活しづらい環境を感じてから一緒に考えたい

ジュニアユースのエス西大宮では規律、ルールはまだ緩い
本質から問いかけ、時間をかけて彼らとともに創造したい

烏天狗もしかり
あいつら選手は私を「いわた!」と呼び捨てる

関係は同等である
互いにリスペクトしてから一緒に歩むことで成長を楽しめると思っている。

今の状況に腹を立てることもあるが今だけである。
その数時間後は違うし、明日、1か月、1年と大きくなる。

一緒に同じ時間を過ごそう(^^♪

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