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昔は生活の中から培ったものもあった

サッカーにおいてドリブルは必須

ひとりで突破できなくても状況で運ぶことは必須になる。

では自分たちの時代にフットサル場でドリブルのスクールがあったかと言うとない。

ハード面も少なくスクール業が流行る前の時代だったからでもある。

しかし、自分たちの時代の選手がボールタッチやリフティングを下手かと言うとそんなことはない。むしろリフティングに関しては色々とできる奴がいた。

暇だったからか...(笑)

クラブやチームで時間をかけてやる練習がいまや変化している。

サッカーはサッカーで上手くなる。

それはそう思う。

しかし、他のスポーツや遊び、生活の中での感受性を思うと学びはいくらでもあって、それを意識していなかったが自ずと何かしら培ったのかもしれないと今ふと思う。

ドリブル、リフティング、キック練習

落下地点の練習

空間認知の練習

コミュニケーションの練習

など、こちらが意図的に用意しないとならない課題がある。

団地で泥警オニッゴしたり、ドッジボールしたり、カラーボールで野球やったり、メンコしたり、スケボーしたり、外で遊ぶことにより自然と身体の使い方が身についたと思っている。

自分が思ったように身体を動かす。

ラダーをやらせると四角の中に足を正確に入れられない。頭で考えながらだから尚更である。

この弊害に昔は・・・と言い訳したくないので、今の子にあった内容、環境を用意し一つの練習で全員が変化ではなく、一つの練習で一人でも身体の変化があることを期待してこちらも色々と準備する。

最後に保護者へは、子どもがやろうとしている事へ少し危ないかもと思っている事をいかに任せて見守れるかと思う。

人間は死を感じた時に神経が研ぎ澄まされると言う。

ぬるま湯では中々変化しない。

ライオンの親ではないが崖から突き落とす意識は持って接してみてください。

さいたま市西区でジュニアサッカーチームとして活動している団体は放任と言われているかもしれませんが自己肯定感たっぷりの選手が続々出てきています。

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