組織やチームのルールを厳しくすればするほど統制され秩序が保たれる。
しかし、逆に厳しいが故に自分の意見やアイデアを発言しづらい空気感ができる。
ここが組織をつくるのに難しい問題かなと思っている。
結局のところトップダウン方式が早く、トップのルールを正解として動かせることで統制を図ることが浸透しやすい。
ここに自分の思想が違和感を覚える
自分は世の中が「右向け右」と言われたら「左」を向いてきたくそ野郎である。
それは、左がどうなっているのかを知らないから向きたくなる。
右が正解なのは結果的に同意すると言うスタンスではある中で常に疑いがある。
「すべてを知りたい」
知らないで選ばされるのに違和感があるのである。
ある程度知って選びたいのが性分である
しかし、サッカーにおいては、この選ぶ対象にある程度の秩序があるように思っている。
それは、合唱、合奏に似ていると思っていて皆で行うことで皆の幸せを目指すのが良いと思っている。
幸せとは?
各々の幸せはあってい良い。
しかし、自分よがりはダメ。
つまり、皆と合わせ調和を取りながら自分の幸せを求めること
気を使い過ぎて自分を消し過ぎるのも違う
皆に合わせながら自分を出すこと
これを最適解としたい
となると、サッカーにおいても目的は目の前の相手に勝つことがゲーム性の形である。
そこに向かっていない行為は自己満だと気づかないとならない。
チームが上手くいってないのは自分のせいなのかもと
または、調和が取れてないから歩み寄るところから始めないとならないかもと
そんな客観的に物事を捉えて考えることでより良い自分たちの目的を達成することに向かっているのかどうかが問われるスポーツである。
切り取った一手段、一シーンに一喜一憂していることではない。
その切り取ったものは皆の調和に対してはどうなのかが抜けけている。
自分がやりたいことは認めるし追い求めて構わない。
しかし、「みんな」の幸せに向かっているのかは常に問い続けないとならない。
難しくする必要はないが、選手には常に本当にそれでいいの?
と問い続けたい。
考えることから逃げない選手を育みたいと思っている
が自分が独りよがりなのも自覚しているから押し付けていることに申し訳ないと思っている(^^;





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