うちのスタッフがグルテンリーと言っていて何のことか分からずに調べてみると小麦を絶食すると花粉への免疫力が壊されないと言うことで「へー」と実験したくなった。
一つの情報はあくまでも一つの手段と捉えている。
情報の取り方、捉え方を間違えると黒か白かみたいに正解、間違いとなってしまう。
自分としては全ての情報を一度自分で噛んで噛みしめて飲み込んでみる。簡単に飲み込むことへの違和感を常に持っている。
自分が納得感をもつ為にひとまずやってみると言うチャレンジがある。常に仮説を立て実験し結果から振り返りまた仮説を立てると言うサイクルである。
花粉症・・・なくなるといいなぁ(笑)
さて、前向きがながくなってしまいましたが毎週日曜の9時からやっている御上先生と言うドラマに惹かれている。
TBSが自分たちが流していた金八先生を揶揄することも入れていることにビックリした。
金八先生は自分も好きで憧れすら感じて熱く指導したいと思ったが、これは対立軸軸を造っていることに気づかされる。
熱い教師=良い教師 これでは熱くない教師は悪いと言うか物足りないとか、生徒想いではないとかになってしまう。これはやはりお客様感覚の見方である。
義務教育の学校の先生なんだからちゃんとした先生であると決めつけてしまい過ぎである。
先生たちも人間である、すべての人間がそうであるわけがなく、好き嫌いも必ず起こっている。
と言うことは成長するためにはもちろん先生の力も少なからず必要なので十分条件ではあるが必要条件ではないと言うことである。
必要十分条件は自分自身である。本人がどんな時でもどうなりたいとイメージして行動を取ることで勉強や練習をするし、自分の課題に気づき、チャレンジすると思っている。
この自分でやる習慣を小さいうちからつけないと外にベクトルが向き、他人のせい、環境のせいにする人になってしまう。
烏天狗では担当コーチを固定せずに色々なコーチがすべてのカテゴリーを循環して指導し、皆で選手の様子を共有して、その子にあったアプローチをしていこうとなっている。
保護者も会費を払っていると言う観点でのコスパ、タイパを見るのではなく、我が子がどうなってもらいたいを見守り応援だけして頂きたい。
こちらが何もしていないような言い方になってしまうが、なる子はなるし、ならない子は何をしてもならない。この「なる子」をどう気づかせるかが失敗の多さな気がしている。
家庭での関りもとても大事で自分にベクトルが向くように自分で責任を持たせるような自己決定のチャレンジをいっぱいさせてあげて欲しい。
学校の成績や遅刻、生活態度「なんて」と言うと怒らそうだが早々に躾られた子は自分で実験が中々難しくなってしまうような気がしている。
チャレンジとは?
そこを保護者含めて我々コーチも大人たちが見守れる器のでかさで子どもの成長が決まってしまうのかもしれない。
大人も含め、子ども達も、いつも何かあれば「考えよう」である。
自分で解決することの楽しさを知った選手は自走していく(^^♪
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